ブログ系の記事で記事末によくある「いかがでしたか?」

ブログ記事の「いかがでしたか?」が不快な理由

最終更新日:2016年10月25日

ブログ系の記事でよくみる、記事末のまとめ部分にある「いかがでしたか?」「いかがでしたでしょうか?」。
これがなぜかとっても不快

記事をざーっと読んでも、これがあるといっきに冷める。
他の記事を読む気にならない。

いつからあんな表現が広がったんだろう。
なんでかよくわからないけど不快。
だから考えてみた。

日常の会話で「いかがでしたか?」というのは、お食事したレストランとか、芸術家の個展とかで遭遇すると思う。

「お口に合いましたでしょうか」
「(サービスや食事は)いかがでしたでしょうか?」
「(私の作品)どうでした?」

という意味で使う。
でも、一見(いちげん)で普通のお店に入って、ただ食事しただけではなかなか出てこない言葉。
常連さんとか、一見でも打ち解けて店員さんと仲良くなったとか、そんな場合にはありえる。
ほか、客が著名な評論家であったとか、超高級店であれば一見でもありえるかも。

つまり、

  • ・ある程度距離がありながらもそこそこ打ち解けた相手
  • ・素晴らしいものを提供しているという自負があり、相手もそれを評価する能力があると認めている場合(超高級店・個展)


に使う言葉。
それでいて、肯定的な評価を期待している場合に使う。
「いかがでした?」と聞かれて、否定的な評論をしたら相手は気分を害するでしょう。


通常の関係において、見知らぬ人には使わない。
それでいて提供している内容に自信があり、「あなたにこれの良さがわかるか?」と暗に上から見ているような・・
実際にそれなりのものが提供されていれば、聞かれた方も悪い気はしません。
対等な相手、あるいは評価する能力がある上の存在である、と認めてくれていると感じることができます。

ですが、料理や作品が明らかに駄目なものだったら・・
不快ですよね。
「(何言ってんだこいつ)」って思っちゃう。

さらに、「いかがでしたか?」と聞かれるということは、「提供されたものを吟味した」という前提があります。
食事をたべていないのにそんなことは聞きませんし、作品をみていなければ聞きません。
ということは、記事末に「いかがでしたか?」と書くということは、記事を熟読したということが前提となっています。

そんないい記事だという自負があるのでしょうか。
それとも、自信がないから聞くのでしょうか。

私には、なぜ「いかがでしたか?」と書くのか、その理由がよくわからないのです。

謙譲しているようにみせながら、相手を見下しているようにもみえる。
慇懃無礼な感じを受けてしまう。

ブログ記事は基本的には一方通行。
著者とほとんどの読者はやりとりをしていない見ず知らずの他人。
それがいきなり「いかがでしたか?」と馴れ馴れしく話しかけてくる。
だから不快にも感じる。
一回でもコメントとかのやりとりをしていれば、不快ではないと思う。
あるいは、記事を熟読して「すばらしい!」と思っていれば、不快ではないかもしれない。

と、どうでもいいことを考えてみた。